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原始仏教と日本仏教の成立〜南無阿弥陀仏って何?!〜

原始仏教と日本仏教の成立〜南無阿弥陀仏って何?!〜
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南無阿弥陀仏を学ぶ意味って何?!

南無阿弥陀仏を学ぶ意味って何?!

あなたは「南無阿弥陀仏」という言葉をご存知でしょうか?

本で目にしたり、テレビで耳にしたり、あるいは何の気もなしに口に出して唱えてみたことがある方もいらっしゃるのではないかと思います。「南無阿弥陀仏」という言葉は今や仏教の代表的な言葉になっています。

「南無阿弥陀仏」という言葉が生まれた背景やその意味を学ぶことで、仏教の思想の移り変わり、ひいては仏教思想のなんたるやを理解することができます。一見とっつきにくい仏教ですが、順を追って行けば実はそんなに難しいことではないのです。

先に仏教を理解する上で重要な「南無阿弥陀仏」のポイントを二つ、教えてしまいますね。

まず一つ目。「南無阿弥陀仏」という言葉は、2600年前のインドでお釈迦さま始めた仏教の元々の考え方とは大きく異なっています。

そして二つ目。「南無阿弥陀仏」という言葉には「阿弥陀仏さま、私を救ってくれてありがとう」という意味が込められています(後で詳しく解説しますが、浄土真宗の開祖である親鸞の解釈です)。

それではインドで始まった原始的な仏教から解説を始めていきます。

 

 

仏教の始まり〜エリートしか救わない?!〜

仏教の始まり〜エリートしか救わない?!〜

仏教の開祖であるお釈迦さまですが、元々は昔のインドに生まれた王子さまでした。本名はガウタマ=シッダールタと言います。

シッダールタは王子さまなので大変裕福な暮らしをしていました。そんな中、街に出たシッダールタは貧困にあえぐ民衆を目の当たりにして、自分の生き方に疑問を抱くようになります。

「なぜ人々は苦しみながらも生きていくのだろうか?」

29歳の時にシッダールタは王国を飛び出して修行に励むことにします。過酷な修行を経て、35歳の時にシッダールタは「悟り」を開くことに成功します。

悟りとは何かと言うと、あらゆる欲求や執着を捨て去り、苦しみに満ちたこの世に何度も人として生まれ変わること、すなわち輪廻転生の循環から脱却して無の境地に達することです。

悟りを開いたシッダールタは「ブッダ」と名を改め、彼の到達した考えを布教していきます。これを原始仏教と言います。

この原始仏教は実はエリートのための仏教であり、エリートしか救われない教えなのです。原始仏教の信者は出家者となり一般的な人々の生活から縁を切り、過酷なルールの下で生活をしなければならないのです。

つまり出家ができる環境にいない一般の民衆は、いつまでも悟りを開けずに苦しみの世から脱却することができないのです。

宗教なのに一部のエリートしか救われないって、何か不思議ですよね?

エリートばかりが救われるので一般の人々に浸透せず、仏教は存続の危機に陥ります。そこで少しずつ一般の人も救われる仏教が形成され、仏教は生きながらえます。なんとか生きながらえた仏教はアジア諸国に伝播していくのです。

 

 

日本への仏教伝来〜空海と最澄って誰?!〜

日本への仏教伝来〜空海と最澄って誰?!〜

西暦550年頃、百済(今の韓国)の王様から日本に仏像と仏教の教えを記した経典が送られます。

当時の日本には神道が既にありましたので、仏教を日本に取り入れるか否かで論争が起きましたが、当時の天皇が「まあとりあえず試しに仏像拝んでみたら?」と言って日本の仏教が始まりました。

何とも軽いノリで始まった仏教ですが、当時疫病や自然災害で苦しんでいた都が仏教を取り入れたことで少しずつ平和になっていき、貴族階級を中心に信者が増えていきます。

「苦しみに満ちた人生から解放される」という個人思想的な原始仏教から「苦しみに満ちた社会に平和をもたらす」という集団思想的な宗教になっていますね、いつの間にか(これは鎮護仏教と呼ばれる日本仏教の独特な発想です)。

そんな中、平安時代になると二人の偉大な仏教者が現れます。それが空海と最澄です。

空海と最澄は同じ時期に当時の中国である唐に留学をするのですが、各々が少し異なった考え方の仏教を日本に持ち帰ります。

空海が持ち帰ったのは密教と呼ばれるもので、これは「仏教の修行を始めた段階でその人はすごい人だ」という考え方。

一方の最澄が持ち帰ったのは大乗仏教と呼ばれるもので、これは「仏教の修行を始めた段階ではその人はまだまだ凡人だ」という考え方。

どちらの考え方が流行したかと言うと、当然空海の持ち込んだ密教です。だって修行を始めただけですごくなれるなら楽チンですもんね?

 

 

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南無阿弥陀仏の誕生〜省エネ的な修行?!〜

南無阿弥陀仏の誕生〜省エネ的な修行?!〜

空海の密教が市民権を得て少しずつ仏教が浸透していきます。

しかし、仏教者の間ではある危機感が増幅していきます。それは「ブッダが始めた仏教が少しずつその力を失っていくのではないか?」と言うものです。

昔から、いずれ仏教は時代の変遷と共に堕落していくだろうと言われていました。その懸念が常に仏教者にはあったのです(謙虚で良いことですよね)。

仏教者は仏教が維持・発展していくための方策をあれこれ考えました。すると法然という仏教者があることを思いつきます。「修行を超簡単にすればみんな仏教を好きでいてくれるんじゃない?」。

そこで考案されたのが「南無阿弥陀仏」と唱えることだったのです。やっと出てきましたね。この言葉をひたすら唱えるだけで極楽浄土に行くことができると主張したのです。

ちなみに、南無とは帰依する(頼る)という意味なので、法然の提唱する「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀仏さま、どうぞ救ってください」という意味になります。

ちなみに、阿弥陀仏とは悟りを開いた者の一人で、「自分を信仰する人々を全員救ってあげる」という誓いを立てた上で仏になれたので、そのあかつきに人々を救う義務を負っているのです。法然はそこにあやかろうとした訳ですね。

さらにこの考え方を楽チンにしてしまった仏教者が親鸞です。

親鸞は、「阿弥陀仏さまは我々からお願いをするまでもなく、既に我々を救ってくれている。だから、阿弥陀仏さま救ってくれてありがとう、と言うのが正しいんじゃない?」と提唱しました。

つまり親鸞の「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀仏さま、私を救ってくれてありがとう」と言う意味なのです。まさに、「他力本願」ですね(実際に他力本願の語源がこのお話です)。

 

 

まとめ〜これまでのおさらい!!〜

少し長くなってしまったのでポイントをまとめましょう。

①インドでブッダが始めた原始仏教はエリートのための仏教であった。しかし存続の危機を経て大衆化に成功し、アジア諸国へ伝播して言った。

②日本に伝来した仏教は鎮護仏教として地位を確立した。後に唐に渡った空海が日本に持ち帰った密教が市民権を得て日本に定着していった。

③やがて仏教が衰退していくと言う危機感から、簡単な修行を取り入れることで仏教の地位の維持・発展を成そうと考え、「南無阿弥陀仏」と言う念仏が誕生した。

 

いかがだったでしょうか?

普段あなたが何気なく口にしたり、耳にしたりする「南無阿弥陀仏」という言葉には、長い仏教の歴史と重要な意味が背景にあるのです。

現代の日本では、仏教がお葬式のための宗教と認識されてしまっている悲しい実態がありますが、堅苦しい宗教としてでなく人々の考え方の論理的変遷、つまり思想史として仏教を見直すとたくさんの発見と驚きで満ちています。

この記事がみなさんの仏教への理解の一助、そして興味の発端になれば幸いです。

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