太宰府天満宮の歴史や観光情報!お土産や見どころも!

太宰府天満宮とその周囲の見どころ

太宰府天満宮とは

太宰府とは

福岡県太宰府市は、福岡市から南東へ約15km行ったところに位置する街で、市の北側には四王寺山、東側には宝満山、南西には天拝山と、山々に囲まれた盆地です。おかげで夏は暑く冬は寒い場所です。

福岡県全体から見れば中西部に属し、いわゆる「筑紫地域」という地域に当たります。前述の通り、福岡市からさほど距離が離れていないため、ベッドタウンとして位置付けられていることから、住宅やマンションの開発が進んでいます。

また、交通の便も良く、JR九州や西鉄電車、国道や九州自動車道、福岡都市高速の入り口もあるなど、市外から車で行くには都合のいい街です。

しかしその分、街全体で交通量が多いうえ、他の道路は昔ながらの道をそのまま残したところが多く、急激な人口増加にインフラ整備が対応しきれていないのが現状です。

特に行楽シーズンには後述する太宰府天満宮を見に来る人々でごった返し、その特徴が顕著に表れます。そのため、歩行者や自転車は周囲の車の動きに気を付ける必要があります。

 

 

大宰府天満宮の歴史

大宰府の歴史

時は7世紀の飛鳥時代、日本では近畿地方を中心とする中央集権国家が形成されつつありました。朝廷は、地方に役人を派遣して徴税や監視に当たらせていました。

現在の太宰府市に当たるところには、「大宰府」と呼ばれる地方の行政機関が置かれました。この大宰府の役割としては、筑紫地方の監視・徴税以外には、大陸との交流の窓口もありました。

当時の中国大陸には「隋」と言う国が、朝鮮半島には「高句麗」と「新羅」と「百済」という国が勢力争いを繰り広げていました。特に「隋」は東アジア一の大国で、日本も小野妹子を派遣して国交を開きました。

663年、日本はかねてより仲が良かった「百済」から助けを求められ、朝鮮半島に軍隊を派遣します。しかし、相手の「新羅」と「唐」(隋が滅ぼされて唐が起こった)の力に圧倒され完敗し、このあと「百済」は滅亡します。

日本は、報復に敵が攻めてくると考え、ほぼ最前線にあたる「大宰府」の防備を慌てて固めます。これが、「水城」や「大野城」、「基山」として後世まで残るのです。

結局、敵から攻めてくることはなかったものの、「大宰府」はその後も地方の行政機関として機能し、平安時代の終わりに中心が「博多」に移るまでこれが続きました。

現在の太宰府市には、こうした遺跡も数多く残され、現在でも発掘中の所もあります。

 

 

菅原道真と太宰府天満宮の関係性

菅原道真と太宰府天満宮の関係性

「大宰府」は行政機関とはいえ中央から離れていたので、ここに異動になることは左遷も同様でした。

菅原道真は、持ち前の頭の良さから京都で中央の役人をしていました。当時は藤原氏が摂関政治で力を持ちつつあったものの、藤原氏の台頭を快く思わない宇多天皇に気に入られ、高い役職についていました。

宇多天皇が醍醐天皇に譲位した後も要職に居続けましたが、藤原時平の陰謀によって罪の濡れ衣を着せ、道真は「大宰府」への左遷が決まります。上皇となった宇多天皇は醍醐天皇と面会してとりなそうとしますが、断られてしまい、左遷させられてしまいました。

結局、彼は京都に戻ることなく悲しみと悔しさに打ちひしがれたまま太宰府の地で亡くなります。この時、京都にあった菅原道真の家に生えていた梅の花が太宰府まで飛んできたという話が、「飛梅」として伝えられています。

この時、道真は相当な恨みを抱えて亡くなったようで、京都でこのあと天皇家の親族が落雷や病気で次々と死亡します。醍醐天皇自身も、菅原道真の死後三か月後に死亡します。

これを菅原道真の祟りと考えた朝廷は、慌てて大宰府に道真を弔う社を作りました。これが「太宰府天満宮」です。

 

 

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太宰府天満宮とその周囲の見どころ

太宰府天満宮とその周囲の見どころ

太宰府天満宮は、西鉄太宰府駅を降車して徒歩約10分のところにあります。目の前には門前町が広がり、これが太宰府天満宮の境内の入り口あたりまで続きます。

境内の入り口には赤い橋が架かり、そこの池の中を鯉が泳いでいます。実は、この池を上から見ると「心」という形になっているそうです。

複数の橋を越えて渡ると門があり、その門をくぐると本殿がその姿を現します。茶色の茅葺きの屋根に、左右対称に建てられた本殿に、多くの人々が各々の願いを込めて祈ります。特に、受験の時期には多くの受験生が学問の神様である菅原道真の加護を授かろうとお参りに来ます。

本殿以外にも、境内から少し登ったところにある沢山の梅の花、それらの梅より早く花を咲かせるという「飛梅」、撫でると頭が良くなるといわれる牛の像、太宰府天満宮が所蔵するお宝が見られる宝物殿や菅原道真の生涯について学べる菅公記念館など、いくつもの見どころがあります。

また、時間に余裕があるなら、大宰府遊園地や九州国立博物館などもすぐ近くにあるため、見たり遊んだりするのもおすすめです。

 

 

太宰府天満宮のお土産と総括

太宰府天満宮のお土産と総括

太宰府天満宮のお土産と言えば、何といっても「梅が枝餅」です。飛梅伝説に基づいて名付けられたお饅頭で、太宰府天満宮の門前町や駅のホームなどでいくつものお店が立ち並んでいます。

当然、お店ごとに微妙に味が違うため、ここで好みが分かれることもあります。できたてホカホカで、外側はほんのちょっぴり焦げて堅いですが、中に入っている熱々で甘いこしあんが、心を落ち着かせてくれます。

受験生向けには、学業御守りや鉛筆などのお土産も喜ばれると思います。太宰府天満宮は福岡市から近くて便利もいいため、国内だけではなく中国や韓国などの外国人観光客も多く訪れる観光名所となっています。季節を選べば梅の花が沢山咲いている姿を拝むこともできます。

古来より大変歴史のある太宰府の地。菅原道真公が最後の刻を過ごしたこの地で、彼の思いに触れ、甘くて美味しい梅が枝餅を食べつつ、頭まで良くなるお土産を買って楽しまれてはいかがでしょうか?

 

 

太宰府天満宮へのアクセス

太宰府へのアクセスは以下を参考にしてみてください。

太宰府天満宮へのアクセス

 

 

太宰府天満宮のマップ(地図)

太宰府天満宮のマップ(地図)になります。

 

 

太宰府天満宮へ行くなら

太宰府天満宮のガイドブック

太宰府天満宮へ行く際のガイドブックです。1冊持っていると便利ですよ。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

中学時代にいじめに遭い、友達を失う経験をする。 高校時代は陸上競技に明け暮れ、大学時代はアルバイト三昧の日々を送る。 社会人になり、IT企業で業務を行ない資格を取りまくる。 そこからWebビジネスに興味を持ち、インターネットビジネスに乗り出す。 「旅を仕事にするため」「自分の人生を変えるため」に旅に関する情報とインターネットで稼ぐ術を日々発信中。 現在はシステムエンジニアとして独立。 ※「Traveler」は月間18,000PV達成! ※ギランバレー症候群に関する情報を集めています。 システムエンジニア/旅人/農家/アフィリエイター/Webマーケター/コピーライター/いじめ解決屋/環境管理士