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インド、その猥雑なるもの ~40代バツイチオヤジの一人旅~

インド、その猥雑なるもの ~40代バツイチオヤジの一人旅~
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思いもよらない離婚と失職、そしてインドへ

思いもよらない離婚と失職、そしてインドへ

「先のことは誰にも分からない」とは言いますが、このセリフを口にしつつも、人は得てして、実際には他人事のように捉えているものです。本当にその事が自分に起きて、人は初めてこの言葉の含蓄を知るのです。

私は不惑を過ぎ、改めてこの言葉の意味を知りました。これまで、それなりの挫折や失敗、苦労をもちろん味わってきたつもりでいました。

しかし、うまくいっていたはずの結婚生活が破綻し、それをきっかけに失職、これほど絵に描いたような厄年はないだろうという位、大いにぶちのめされた42歳だったのです。

自分では良い夫とパパを演じていたつもりでしたが、この「つもり」が良くなかったのでしょう。人の感じ方は様々で、自分の結婚生活の満足度が80点でも、妻の心の内は20点の場合もあるのです。

もっとしつこいほどにコミュニケーションを図っておくべきだったと後悔した頃には、妻の心は既に私から離れており、新しいパートナーとの生活に旅立っていきました。

自分ではイケてるつもりの状態からどん底に落とされると、人はなかなか立ち直れないものです。仕事上のパートナーだった妻と、仕事だけの付き合いを続けていくことは私にはできず、結果、仕事もすべて妻に引き渡し、中程度のうつ状態が続きました。

 

 

旅人はインドをめざす!?

旅人はインドをめざす!?

これまでにも落ち込んだことはありましたが、今回だけは本当にこたえました。17年以上続いた結婚生活をさっぱりと解き放ち、新しい人生に向かうプランなど、私の頭の中にはありませんでした。

何度も何度も妻と出会ってからの時間やシーンが、頭の中を駆け巡り、どれだけ前を向こうと思っても、また知らずに後ろばかりを振り返る日々。絶望と自棄、自己嫌悪、1日に何百回とため息をつき、ベッドから起き上がれない毎日。

それでも時間が経ち、少しずつ食欲と気力がわき始めた頃、私の頭の中に、「旅人はインドをめざす」という言葉がよぎりました。

若い頃は海外の一人旅が大好きで、バックパッカーとして各地を歩き回っていたものです。しかし、結婚してからはそれもままならず、妻は貧乏旅行を好まなかったこともあり、活動的な私には物足りない、無難な海外旅行ばかりを繰り返していました。

うつ状態の私は、自分の命や死を覚悟し、危ない妄想を始めていたため、死ぬ前に行きたい国はどこだろうか?と自問してみました。

自分の人生と自分を見つめ直せる国。生きる気力が湧いてくるような国。こんなオヤジの価値観や感受性を、もう一度激しく揺さぶってくれるような国。これまで行きたくてたまらなかったが行けなかった国。「ああ、インドだ」。

 

 

そうだ、インドへ行こう‼

そうだ、インドへ行こう‼

多くの旅人や紀行文が説くインド。いつか行ってみたいと思いながらも、玄人の旅人らも理解不能の国、インド。いつしかインドは私のなかで、アンタッチャブルな国になり始めていました。

しかし、その圧倒的なパワーと神秘性を、高齢者になってから受け止められるだろうか?40歳を過ぎても、まだ好奇心と体力、感受性は人一倍の今だからこそ行くべきではないのか?答えはすぐに出ました。

「そうだ、インドへ行こう‼」

私はすぐにネットを開き、航空券と最初の宿を申し込み、押し入れにしまい込んでいたザックを取り出しました。パスポートの期限を調べ、厚手のセーターを1枚と下着とTシャツを揃え、インドに発ちました。

久しぶりのバックパッカー。学生時代に戻った高揚感、空港から私にまとわりついてきたインドの熱気は、少しずつ私の落ち込んだ気分を癒し、前を向くためのリハビリ旅行が始まりました。

最初の到着地デリーでは、ガンジーの墓地や、レッドフォート、ロータステンプルなど、いわゆるガイドブックで紹介されているマストプレイスを巡り、旅人の感覚を取り戻していきました。

うるさく寄ってくる客引きや、怪しい日本語で語り掛けてくるインド人たちと冗談をかけあっていくうち、私は少しずつ社会性を取り戻しつつある自分に気づき始めていました。

 

 

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人は、人を通して人であることを知る

人は、人を通して人であることを知る

デリーの観光地は、いわゆる観光地で、あまり刺激はなかったのですが、最初のインドのパワーを感じられたのは、市場でした。

チャンドニー・チョークという目抜き通りですが、何よりも人が多いことに圧倒され、ぼーっとしていると、後ろから来たリキシャーの運転手に罵倒され、我に返ります。

行き交う自転車やバイク、車、牛が数センチの距離ですれ違い、たまにぶつかり合い、運転手同士がつかみ合ったりと、イモ洗いのようなストリートを、時にはサッカー選手のすり抜けるようなドリブルの動きで歩を進めました。

市場の店も売り子たちもアグレッシブで、外国人の私にも物怖じせず、分かるはずもないヒンドゥー語で話しかけてきます。

スリに注意しながら、砂ぼこり舞う市場を1人、人々のがなり声、リキシャーのクラクション、大声の会話、世界のありとあらゆる喧騒を詰め込んだような街を、私はひたすら歩みました。

まるで歩くしかないのだと自分に言い聞かせるかのように、ただただ目的もなく歩き続けました。

そして、その喧噪のなかで、悩んでいる暇すらないかのようなインド人を見ているうち、「ただ生きている」ことの強さを、少しずつ理解しているような気がしてきたのです。

 

 

そして旅人は、ガンガーをめざす

そして旅人は、ガンガーをめざす

デリーを経ち、私はインドのマストプレイス、ガンジス河を訪れました。河を見つめながら、何度も自分の人生とこれからを熟考したいと考えていたのです。しかし、静かに流れる河を見つめても、過去を反芻するだけで、実は何も沸いてきませんでした。

小舟に乗り、朝日を浴び、沐浴するインド人を眺め、焼かれた死体が河に流されていくのを淡々と見つめ、泥色のガンジス河の水面に浮かぶ、牛の死体を棒でつつきながら一日を過ごしました。

インド人は、すべてをこのガンジス河で行います。洗濯も葬式も沐浴もトイレも、ガンジス河は母なる河だから、すべてを呑み込んでくれるのだと、出会ったインド人は語りました。

ガンジス河に面した街、バラナシは、デリーの繁華街以上に刺激的でした。大きくて静かに流れる河の様相とは正反対で、そこには人の生のすべてが詰まっているように思えました。

道に街にあふれる人々、手や足を失い物乞いに精を出す人々、外国人観光客に突進してくる客引き。チャイの売り子。

路傍に転がっている人の死体、野生の牛、猿、犬、豚、鳥、ネズミが行き交い、舗装されていない道端の水たまりでは、豚が体をこすりつけ地面に転がりまくっている、その脇を器用にすり抜けていくリキシャー。

この街には、人々の生死と生活のすべてが集約されており、富める者と貧する者、生きる者と死にゆく者、相対するものがまた同時に存在している不思議な空間でもありました。

 

 

音に聞くタージマハルに涙して

音に聞くタージマハルに涙して

2週間ほどの滞在で、デリー、アグラ、ジャイプール、バラナシを巡りました。ちなみにバラナシでは、1日ガイドを頼んだインド人の運転手のミスで、荷物一式が盗まれるハプニングがありました。

車のカギのかけ忘れだったのですが、幸い、貴重品はすべて身に着けていたため、大事には至りませんでした。私の厄年はインドにまでつきまとっていたようです。

しかし、デリーとバラナシの街の人、喧騒と衝撃に、何度も夢で昼間に出歩いたシーンが浮かび、うなされて眠れなかった夜が何度かありました。それだけ生のパワーがみなぎった街なのです。

人生に立ち止まった人、思い悩む人は、是非この街を訪れ、少し疲れたらガンジス河を眺め、時を過ごしてみてほしいと思います。道端の牛の糞や衛生環境の悪い店、屋台を尻目に、そこには人生のすべてが集約された縮図を感じ取ることができます。

もう一つ、タージマハルは必見のスポットです。インドの街の汚れた空気のなかで、凛とたたずむその白さに、なぜかインドの負の部分がすべて洗い流されるかのような潔癖さを感じ、私は何度もタージマハルを回り眺めながら、涙がなぜか止まりませんでした。

こうして40代バツイチオヤジのインド一人旅は、終わりました。現地のカレーは、日本のインド料理店のものよりまずいものばかりだったのには驚きましたが、インドを発つ空港で、私は確実に、20代の頃の、生きる気力を感じ取っていました。

 

 

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