高千穂のおすすめ観光スポット!天孫降臨ゆかりの地とは?!

神秘的な高千穂峡

天孫降臨の地は?

天孫降臨の地は?

高千穂町は宮崎県の北端にあり、九州山地の山々に周囲を囲まれた地域です。

古事記と日本書紀には、日本の皇室の祖先神である「天照大神(あまてらすおおみかみ)」が孫の「邇邇芸命(ニニギノミコト)」を、神々の住む高天原(たかまがはら)から地上に降ろし、日本を治めさせたという話があります。

この天孫降臨したという「高千穂」という土地は、熊本、大分両県に隣接する高千穂町と、鹿児島県との県境に広がる霧島連山の高千穂峰(高原町)の2カ所のいずれかと言われています。

古事記と同じ時期に作られた『日向国風土記』には、「邇邇芸命(ニニギノミコト)」が地上に降りた時に、稲のもみを四方に投げ、真っ暗闇だった地上を明るくしたとの一節があります。

天孫降臨には、稲作や水田とは切り離せない関係があるので、標高は1,574 mの山の頂上より、稲作に適した高千穂町が天孫降臨の土地として有力のようです。

しかし、高千穂峰の山頂には、邇邇芸命(ニニギノミコト)が地上に降りた時に突き立てたと伝えられる、天の逆鉾(さかほこ)が今もあります。また、高原町には、邇邇芸命(ニニギノミコト)の曾孫になる初代の神武天皇の出生や東征にまつわる言い伝えや神社が多いのです。

日本の原風景をイメージさせる高千穂町と、神々しい山そのものの高千穂峰かの選択は、江戸時代の国学者で『古事記伝』を著した本居宣長も頭を抱えたのです。

結局『古事記伝』は、「高千穂町説」と「高千穂峰説」の両方を記しました。いにしえの大家が悩み抜いた末の苦渋の選択だったようです。

 

 

天孫降臨にまつわる名所

天孫降臨にまつわる名所

高千穂町には、日向三代を祀る「高千穂神社」があります。日向三代とは、初代天皇の神武天皇の曾祖父の「邇邇芸命(ニニギノミコト)」と祖父の「火遠理命(ほおりのみこと)」と父親の「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ウガヤフキアエズ)」のことです。

この神社は約1900年前の創建とされ、高千穂郷八十八社の総社であり、厄祓、縁結び、夫婦円満の神として人々の信仰を集めています。高千穂神社の裏手には「高千穂峡」と呼ばれる深い懸崖が約7kmに渡って続いています。

高千穂峡は国の名勝、天然記念物で、真名井の滝や柱状節理の断崖が幻想的な景観は、観光客の目を釘付けにします。

天孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)が天照大神の授かった三種の神器をたずさえ、天児屋命(あまのこやねのみこと)などの神々を連れて、高天原から地上に降りた時に水がなかったそうです。

天村雲命(あめのむらくものみこと)に高天原に上がって水の種を貰ってくるように命じ、天照大神(あまてらすおおみおかみ)から水の種を三つ頂きました。その一つが神代川(じんだいがわ)のほとりに置かれました。

これが天真名井(あまのまない)として湧水し、滝となって流れ落ちたと言われています。それが高千穂峡の川幅が狭まった部分に流れ落ちる真名井の滝(まないのたき)となったという神話があります。

 

 

神秘的な高千穂峡

神秘的な高千穂峡

高千穂峡に足を踏み入れてまず目を引くのは、切り立った岩壁と、その表面を覆う筋状の模様です。この模様は「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」と呼ばれ、ここから30キロほど離れた北西に位置する阿蘇山の太古の噴火活動によって生み出されたものです。

噴火に伴う大火砕流によって運ばれ高温の堆積物が冷えて固まり、その際に多角柱状の亀裂を生じ、このような景観になりました。

垂直に整然と並んだものが多いのですが、一部の岩層は波打つようにねじ曲がったものもあります。これを五ヶ瀬川の流れが、長い年月をかけて侵食したからです。

垂直な柱状節理に沿って崩壊を繰り返すことで、両岸が切り立った100メートルに達する峡谷が形成され、さらに川の流れがその表面を滑らかに削り取ることで、小さな窪みから、岩壁がドーム型天井のように水面を覆う空間まで、非常に複雑な地形を生み出しました。

この複雑な地形は、「自然現象により偶然に出来たものではなく神々が作り上げた」という神話を納得させる神秘的な峡谷を船の上から見渡すと、天孫降臨の瞬間が思い浮かぶような気持ちになります。

 

 

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天岩戸伝説を伝える天岩戸神楽

天岩戸伝説を伝える天岩戸神楽

八百万の神の中で最も尊い神であり、太陽を司る太陽神で、天皇の祖神、そして伊勢神宮の祭神でもある「天照大神」が岩の中に閉じこもったという「天岩戸伝説」の舞台となった言われる「天岩戸神社」が高千穂町にあります。

この神社は、「天照大神」が閉じこもった天岩戸と呼ばれる洞窟をご神体として祀っています。天岩戸伝説の天岩戸は、天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)の西本宮の拝殿の背後に隠れて通常は直接見ることはできません。

社務所に申込むと、お祓いを受けた上、神職の案内付きで拝殿の背後にある遥拝所に通してもらい、ここから直接拝むことができますが、写真等の撮影は禁止されています。しかし、高千穂町の各集落には、神話をモチーフにした「神楽」が伝承されています。

33番の神楽で構成され、約16時間の演目です。天照大神が天岩戸に隠れられた折に、岩戸の前で天鈿女命が調子面白く舞ったのが始まりと伝えられています。

毎年十一月中旬から翌年二月にかけて各集落で、三十三番の夜神楽を奉納し、秋の実りに対する感謝と翌年の豊穣を祈願します。特におすすめは毎年、11月3日(文化の日) に10時から22時まで開催している「天岩戸夜神楽三十三番大公開祭」です。

 

 

八百万の神が集まった天安河原

八百万の神が集まった天安河原

天岩戸神社の西本宮から岩戸川を500mほど遡った所に、「天照大神」が天岩戸に閉じこもった時に八百万の神が集まり相談したという天安河原と呼ばれる大きな洞窟があります。

「仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)」とも呼ばれ、その中に小さな鳥居と神社があります。これが、天安河原神社です。祀られている神様が八百萬神と言うこともあって、石を積んで願い事をすると沢山の願い事が叶うそうです。

特に中風に効くとの信仰があり、遠くから参拝者が絶えないようです。通路以外そこら一面に石が積んであって、人々の願いの多さにびっくりします。

天照大神が隠れてしまい太陽の光が届かなくなり、世界は災厄や病気があふれ悪神の勢力が強まります。八百万の神々がなんとか天岩戸から天照大神を引っ張り出そうと考え、大宴会を開きます。

外の様子が気になった天照大神が岩戸から身を乗り出したところを引っ張り出し世界に平和が戻ったという神話ですが、八百万の神々が集まったのですから、ご利益は相当期待できます。行けば貴方の未来は良いことばかりですよ。

 

 

高千穂のマップ(地図)

高千穂のマップ(地図)になります。

 

 

高千穂へ行くなら

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高千穂へ行く際のガイドブックです。1冊持っていると便利ですよ。

 

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中学時代にいじめに遭い、友達を失う経験をする。 高校時代は陸上競技に明け暮れ、大学時代はアルバイト三昧の日々を送る。 社会人になり、IT企業で業務を行ない資格を取りまくる。 そこからWebビジネスに興味を持ち、インターネットビジネスに乗り出す。 「旅を仕事にするため」「自分の人生を変えるため」に旅に関する情報とインターネットで稼ぐ術を日々発信中。 現在はシステムエンジニアとして独立。 ※「Traveler」は月間18,000PV達成! ※ギランバレー症候群に関する情報を集めています。 システムエンジニア/旅人/農家/アフィリエイター/Webマーケター/コピーライター/いじめ解決屋/環境管理士