月間18,000PV達成! 収益は毎日発生中! 記事は毎日更新中! 今は農作業中のため東京にいるよ! ギランバレー症候群に関する情報を集めています

中国「大連」を観光!歴史と経済の国際ハイブリッドシティ!

中国「大連」を観光!歴史と経済の国際ハイブリッドシティ!
Advertisement

 

中国「大連」。

大連は歴史のある町であり、また経済都市として知られています。まさに、歴史文化と経済の国際ハイブリッドシティなのです。

今回はそんな大連についてご紹介します。

 

 

「坂の上の雲」の街には坂がある

「坂の上の雲」の街には坂がある

中国遼寧省の省都は瀋陽ですが、経済や文化、観光面では大連の方が優位で認知が高いかと思います。

19世紀末から旧ロシアや帝国日本の統治時代があり、国際的背景も複雑で独特の雰囲気がある都市です。旧市街、特に中山広場周辺は歴史的建造物が多く残っており、異国情緒あふれるという表現がぴったりの景観を有します。

赤いレンガ造りの『旧 大連民政署』跡は東京駅丸の内駅舎に近いイメージですし、ルネサンス様式で建築された『旧朝鮮銀行』や『旧中国銀行』跡も日本が近代化に進む時代の建造物にとても似ています。

最も特徴的かつランドマーク的存在が『旧横浜正金銀行』跡でしょう。異色の緑色の3つのドームを持つバロック風の建物は日本が建てたものですが、外観はある種ロシア風にも感じられます。

郊外で星海広場エリアの開発、発展が注目されていますが、歴史や文化を感じさせる観光スポットとしてはやはり中山広場周辺がおすすめです。

さて、大連の街の特徴は、地形的にとても坂が多いという点です。港町のアップダウンの景観は北海道の函館のようであり、その坂のある大きな道路を路面電車が走る風景は、あたかもサンフランシスコのようです。明治近代化の動きを表した司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』のイメージが残る街は、特徴的な坂の街です。

 

 

旅順口に残る日露戦争の遺産

旅順口に残る日露戦争の遺産

遼東半島の突端にある『旅順』はかつての日露戦争時代には旧ロシア要塞があり、当時の堡塁跡や旧ロシア降伏会見のあった『水師営会見所』を観光することができます。

『203高地』という映画やドラマで描かれた激戦の跡の堡塁群が残っており、当時の銃弾跡などが沢山ありました。ここで多くの戦士が命を落としたことを想像すると恐ろしさを感じざるをえません。

一方、『水師営会見所』は拍子抜けするほど小さな建物で、あたかも農家の倉庫のような感じでした。施設内は乃木将軍とステッセル将軍の会見の際の写真等が複数飾ってある程度で、周囲の観光用レストラン等がなければ本当に農村部の住居か倉庫としか思えません。

20年前ほどは、この小さな施設を説明するボランティアのおじいさんがいましたが、ボランティアというよりも環境客からチップをもらうことが目的のようでした。

さて、従来の旅順観光はこのような遺跡、史跡のみガイド付きツアーのみ、市街は外国人立ち入り禁止でした。今も重要軍事拠点であり、そちらにはカメラ、望遠鏡を向けてはいけないとのこと。

20年前も旅順市街をバスで通過する際にガイドからカメラや望遠鏡を鞄に片付けろと促されました。スパイ行為と疑われないようにとのことです。この20年で開放化、観光化が進みましたが、戦争と軍隊を意識せざるをえません。

 

 

巨大公園と不思議なモニュメント

巨大公園と不思議なモニュメント

大連市街には多くの広場、公園あるのが特徴のひとつですが、郊外には日本では想像できない規模の公園が点在しています。ガイドによると、中国人は休日に広場や公園に集い、体操したり、歌ったりしながら過ごすことが多く、憩いの場として求められているとのことです。

その最大規模の公園が『星海公園』です。20年前には何もない舗装されただけの広大な広場に過ぎず、目玉は『漢白玉華表』という大連市政100周年記念の塔ぐらいしかありませんでした。

数年前にその塔は撤去されましたが、逆に周辺は博物館やホテル、遊園地ができて、市郊外では最大の観光スポットとなっており、ガイドブックには最初に紹介されることが多いエリアとなりました。

そして、多くの日本人の方は知らないと思いますが、大連はサッカーの街です。今や中国のスーパーリーグが世界有数のサッカーリーグに名を連ねていますが、20年以上前からその中国サッカー中心地が大連でした。それを示す建造物が市街地にあります。

市街の友好広場近くに突然大きな水晶玉、サッカーボール風のモニュメントが現れます。それとは別に労働公園にも紅白の6角形で構成された大きなサッカーボール型モニュメントがあります。

個人的には、街にいくつも大きなモニュメントを置いても意味がないように感じますが、サッカーが大連市民の楽しみと街の誇りであり、その象徴がそのモニュメントなのだとガイドを説明してくれました。

しかし、今やそのサッカー都市のイメージも広州や上海などに奪われているような気がします。20年前ぐらいの最強チームを有した時代のレガシーかもしれません。

 

 

Advertisement

 

レガシーと無機質な開発区の融合

レガシーと無機質な開発区の融合

旧市街は、近代日本と旧ロシアが融合した景観が広がっていますが、現市街地は中国の発展した都市イメージそのままの街並み、最新のビルが立ち並んでいます。繁華街は、銀座も上海もシンガポールも同じでしょう。

しかし、20年前にはまだ表通りから1ブロック裏には赤いレンガ造りの長屋風の中国家屋や店舗が残っていました。老舗の新世界百貨店の裏路地あたりでも当時は青空散髪屋が営業したりしていて、改革開放以前の文化、風習が残っていました。日本の高度成長同様に、この20年で都市化されたエリアがどんどん拡大し、逆に廃墟化したエリアも散見されます。

さて、現在の中国国内における経済発展の拠点といえば広東省の深圳が有名ですが、20年から30年前は大連の方がその中心だったと思います。90年代の改革開放政策に沿って日本企業も多くの企業がこの大連の経済特区エリアに進出しました。

市街地から湾を挟んで車で1時間弱あるエリアに集積され、日本でも広い郊外にある工業団地風の街です。何もない場所に大きな道路と区画整理した場所に大きな工場風建物が並ぶ形であり、風情の欠片もありません。まさに現代中国の経済発展の拠点がここにあり、異国情緒溢れる旧市街とは全く別物です。

広場や公園同様に開発できる土地はいくらでも用意できる政治体制がこここに現れています。20年ほど前、この経済特区に向かう湾岸道路からは『緑色の海』が広がって見えていました。日本の高度成長期の公害問題同様に、経済発展に突き進む一方で、環境保護を置き去りにする姿がありました。

旧市街は戦争等による統治者変化の名残がある街でしたが、時代も背景も全く異なるこの経済特区は、看板さえ取り換えれば今の東南アジアの開発都市の景観と差はありません。

 

 

港町に海鮮料理あり

港町に海鮮料理あり

遼東半島の港町である大連は軍事拠点である一方で海運、海産物集積を担っています。そのため、中国では珍しく海鮮料理が豊富です。

一般的な中国の街の料理といえば、火を使った炒める中華や水餃子、あるいは火鍋などが有名かと思います。もちろん大連でもそのあたりの料理は多いのですが、現地では特に海鮮料理を勧められます。

大きな煮魚やあさり料理、蟹料理などですが、印象深いのは大きな茹でたシャコ料理でした。店名は忘れましたが、日本のシャコの倍近い大きさの茹でたシャコが大皿に山盛りで出てきました。大味かと思いましたが、淡泊なゆでエビの淡い甘さを感じる味であり、日本人でも食べやすいと感じました。

ただ、あまりに大きくてシャコのお腹側はかなりグロいので、その点だけは割り切る必要があります。それと海鮮料理店の多くは水槽で泳ぐ魚を見せる形が多いのですが、頻繁に水の入れ替えや清掃ができていない店では悪臭がするところもあります。

有名で大きなレストランは心配ありませんが、一般店は注意が必要かもしれません。

 

 

大連のマップ(地図)

大連のマップ(地図)になります。

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

大連だけでなく中国は4000年の歴史とも言われているように、歴史という観点から見れば世界随一の国です。

その中国の中でも大連は歴史の深い都市ですし、見どころもたくさんありますので是非とも一度足を運んでみてください。

 

 

海外旅行予約なら

 Booking.com

ヨーロッパのホテル予約ならBooking.comがおすすめ!

【Booking.com】世界のホテル割引予約

 

Agoda

アジアのホテル予約ならAgodaがおすすめ!

早割・直前割引プランも満載!アゴダのお得な海外・国内ホテル予約

 

 

中国へ行くなら

中国のガイドブック

中国へ行く際のガイドブックです。1冊持っていると便利ですよ。

 

Travelerを知らないの?